蜘蛛はティータイムに蜜を吸う

加藤シゲアキの短編小説『インターセプト』を読んだ。今回、発売日の午後に近所で一番大きな書店へと『野性時代』を買いに行ったのだがすでに売り切れ状態、時すでに遅し状態で、今後また『野性時代』に短編が掲載された際の入手方法を考え直さなければならないと深く反省した。結局、帰り道に寄った駅構内の小さな本屋で手に入れることができたので今回は事なきを得たのだが、危うく『野性時代』難民となるところだった。件の大型書店には入荷数の見直しを強く要求する。

 

以下、『インターセプト』についての個人的な感想やら解釈やら。おおいにネタをバレているぞ。

 

 

今回のタイトルである『インターセプト』はアメフト用語ということで、読む前にその意味を調べてみた。アメフトサイトの用語解説によれば、インターセプトとは「攻撃側が投げたパスを守備の選手がキャッチすること。攻守交替となる。*1」という意味であり、それはつまり、物語の中で初めは攻撃側だった者がなんらかのタイミングで守備側に回ることを示唆している。また、扉絵に書かれた「彼女の本当の姿を…」といったリード文からも、おそらく一枚上手なのは女性側で、男性側は最終的には一杯食わされるのだろうということは容易に予測できよう。

はたしてその予測はその通りで、高嶺の花・中村安未果を落とそうと息巻いていた林は最後にはすえおそろしい結末を迎えることになるのだが、今回もっとも注目したいのは「インターセプト」的な物語の内容、ストーリーの運び方ではない。中村安未果という女性キャラクターが放つ強烈なインパクト、個性である。

そもそも、安未果が林を追いかける、というよりもストーキングするようになったきっかけは、テレビでなんとなく見ていたアメフトの試合なのである。そこでなぜか選手の方ではなくいち観客にすぎない(それも一瞬映っただけの)林を認め、「運命の人」だと確信したことで彼女の人生が一変していく。その情熱たるや、一晩で法隆寺建てられちゃうよレベルなのではないかと、見ているこちらが恐怖を抱いてしまうくらいである。狙った獲物を確実に狩りにいく肉食獣のような生々しさやしたたかさは、そのやり方からしてもやはり異常であると言わざるをえない。特に林の視点で進むパートを読んだあとに彼女の本性を目の当たりにすると、すべてを手のひらの上でコントロールする女の、あやしげな笑みが脳裏に浮かぶようだ。

しかし、そもそも安未果がそうした異常なまでの情熱を燃やし続けられたのも、ひとえに林への一途でまっすぐな思いがあればこそである。初恋に実を捧げる無垢な少女のような純真さと前述の生々しさとの「ギャップ」が、中村安未果という女性をより立体的に描きだしている。やり方の善し悪しについてはいったん置いておいて、「運命の人」を手に入れるために努力し続ける姿は非常に愛おしく、また時としてかわいらしくも映る。あれだけの計算と努力を重ね、みごと林を手中にしたあとも、彼女の口から出た言葉は「わたしのことは捨てないでね」だった。「あなたを逃がさない」という勝利宣言でも「捨てたら許さない」という脅迫でもなく、痛々しいほどの懇願のみなのだ。捨てるか捨てないか、安未果にとっては生死にすら関わってくるであろうその重要な選択権、いわば主導権を、彼女は結局林に譲り渡してしまう。その瞬間、安未果はその少女性をもっとも明確に体現していると言える。

彼女は彼女の純粋な目標のためにただ全力を尽くしただけにすぎず、しかしそれが純粋すぎるがゆえに底知れない恐怖を読者に抱かせる。そのあくの強さこそが魅力的で、個人的には加藤シゲアキのいままでの作品に登場する女性キャラクターの中では一番好きだ。一番いとしく、一番かなしい。自分を「世界で一番の幸せもの」だと認めていながら、どこか拭えない寂しさを感じてしまう、感じさせてしまう。安未果が『インターセプト』のためにつくられたキャラクターなのではなく、『インターセプト』という物語そのものが中村安未果というキャラクターのために存在している。そんな錯覚すら起こしてしまいそうなほど、彼女が残す印象は強く、深い。

今作の扉絵も、彼女の二面性をよく表していると思う。まるで獲物を待ち構える蟻地獄にようにグラスの底に潜む蜘蛛や、美しい蝶にも不気味な蛾にも見える奇妙な花。それらが与えるなんともいえない不安定さは、この物語の本当の主人公がだれなのかをそっと耳打ちしてくれている。

 

今回の作品について、作者の加藤シゲアキは「後味については保証しない」と釘を刺していたが個人的にはとても好きな部類の終わり方で、事前に結末の予想がついたことも手伝ってある意味では達成感すらあった。その最たる理由としてはわたしが安未果に終始感情移入し、彼女こそわたしのヒロインとばかりに盲目的な好意を抱いていたからに他ならないが、はたしてどうだろうか。…まあ、もし自分が林の立場だったら、パンツ一丁のままなにもかも投げ捨てて全身全霊で逃亡するだろうけど。