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整数解と虚数解、IQ70

『いつもここにあるSORASHIGE BOOK』

 

2016年1月3日放送●SORASHIGE BOOK

 

・オープニング

「あけましておめでとうございます!NEWSの加藤シゲアキです!2016年もスタートしましたFMヨコハマ『SORASHIGE BOOK』。申年?申年だよね、なんか申年だってことをさ、いまいち認知してなくてさ、ただなんかさ、いろんな年末の雑誌とかでさ、なんかやたら、猿の被り物とか(笑)、猿の絵を描いてくださいとか、そういうのいっぱいあってやたrrら猿続くなあと思って、なに?そんななんかモンキーな出来事でもあった?と思ったら、申年なんですね(笑) というわけで、申年の一年もよろしくお願いします!えーといってもまあ、新年早々ねこうなにかを変えるってこともなくね、えーいつもここにある、いつもここにある、『SORASHIGE BOOK』今日もやっていきたいと思います。あっ『だいじなもの』がね、えーの感想が届いたのでそのへんをちょっと今日はも一日、それだけですかね」

〈『だいじなもの』拝読しました。このスピンオフは木本くんが主人公とのことで、木本くんにスポットライトを当てたものが読みたいと思っていた私としてはとても楽しみにしていました〉

「おお!なるほど、鋭い読みですね」

〈読み始めの「このままダークな方に行ってしまうのか」という予想を気持ちよく裏切ってくれ、木本くんと一緒に自らを肯定できるような気がする、前向きになれる作品でした〉

「ほぉ、このへんはね、けっこう、あのーリスナーによって意見が分かれておりましたけれども」

〈『ピンクとグレー』を書いたときのシゲアキさんと『だいじなもの』を書いたシゲアキさんとの変化を感じました。自信と向上心に満ち溢れているシゲアキさん、本当にかっこいいです〉

「そうですか…」

〈映画『ピンクとグレー』は原作と半分くらい違う仕上がりになっていると耳にしましたが、こちらの方も楽しみにしています〉

「もうひとつ読みたいっすね」

〈『だいじなもの』拝読しました。『ピンクとグレー』において当事者にも部外者にもなれない木本というキャラクターの「中途半端さ」が克明に(「かつめいに」)描かれていて、その人間らしさがとても愛しく、共感できました。ごっちの告別式で関係者/ファンのどちらの道も選べなかった彼が(「ここ悲しいんですよ!ここ悲しいの、ぁい…(笑)」)、木本であることが一番「だいじ」だと気づいた最後は、『ピンクとグレー』から巣立っていったような寂しさとあたたかさを感じます。4年越しに『ピンクとグレー』の幕が閉じていくのを見届けられて幸せです〉

「なるほど、いやたくさんいろんな感想送ってくれてびみょーにでもねこう、リスナーだったり読者の中で感想が、あの、びみょーなニュアンスで変わってたりするわけですよ『明るい、良い話ですね』的な人もいれば、『ちょっと寂しいですね』みたいな…なんかけっこうそのへんが、僕も読んでておもしろいなあと思ってて…まけっこう書いたのが10月~~だったんで、わりと、あの前nに書いた作品だなっていう印象なんですけど、いま読んでるとまた思い出してくるね、はい、というわけで今日ちょっとまあ追い追い詳しい話はしていきたいと思いますいつもオープニング膨らんでね、えー(笑) 最後全然時間ないってことがあるんでこのへんにしときましょう。

えというわけで今週も30分よろしくお願いしますまず1曲目は、えーあ!NEWSの、間もなく発売されます1月20日発売ですね、え~新、曲、ニューシングルでございます。ダブルA面ですがまずはこちらから聴いてくださいNEWSで『Touch』」

 

・音楽部

ジャコ・パストリアス「トレイシーの肖像」

加藤シゲアキの今週の音楽部~。えー今週の1曲はですねぇ、まあなんかいつも通りこう、最近の曲をかけるのもなあと思いましてぇ…まあちょっとねえ、かといってねこう(笑)、まあ、わたくしのラジオですからぁ、そんなぁハッピーななんかかけるよりもちょっと、いいな、っていう、ちょっと、いいな…っていうものをかけたいと、思いましてですね。えーちょっと新年早々スカしていきたいなと思いまして、ふへへ(笑)

あのまずねちょっとこないだね、あのーまあ音楽好きの友達と、まとあるバーで飲んでいたわけですょでなんかなんとなーく、なんてこともなくまただただいろんな話をして、たぁら、そのBGM…で、なんかそのー…まじゃじゅ、ジャズっぽいというか、フュージョンっぽいものが流れた瞬間に、その友達が、『おぁっ!』っつって。『シゲこの曲知ってるか?』っつって、『ジャコパスだぞ!』って言いだして。僕そのジャズとかフュージョンちょっとそんなに明るくないんで、なにを言ってるんだって。なんかちりめんじゃこの話でもしてんのか(笑)、と、思ったんですが。あのーそう、なんかあのーそれで、このアルバムがすごいんだってベース、ベーシストなんですよね、ジャコ・パストリウスという、まそのぁ方を今日はかけます!ジャコ・パストリアス

この方はすごいんだっていう話をし、しだしてぇ、まぁ熱く語って、なんならその店員の、CDだったんだよね、だし『え!ジャコパス好きなんですか!』みたいなもうかなりハイテンションになって、っていうことがあって。で、あのー…友人、それがあったからちょっとまあ、自分でもいろいろ調べてみて、おんなじような話がまた2回、ぐらい続いたんすよ、その友達の家行ったらまた流れてたりとかして、それからまあ思い出したんでしょうね、ていうことでまあちょっと、今日はそんなこともあって僕もわりと興味が出てきちゃっていろいろ聴いてるとやっぱまあとんで、まあそのときに、BGMで流れてる時点から、あっこれとんでもないぃ…人ですねと。もうベースがぁの、ぶっとんでなっていう、ことは、もう、その素人目にもわかる、素人耳にもわかるぐらいの、まレベルだったんすけど。というわけで今日じゃっ、そのジャコ・パストリアス、ちりめんじゃこではなく、ジャコ・パストリアスかけたいと思います。

ジャコ・パストリアスは、ぁの1951年の生まれで、えすでにもう亡くなってるんすよ1987年にちょっと若くして夭折してしまったまあ、ジャズとフュージョンの、天才、エレキ、エレクトリックベースプレイヤーでございますえー作曲家でもございますね。え~~1stアルバムのいまい、今日かける、かけるのは、『ジャコ・パストリアスの肖像』っていう、アルバム、なんですよ最初に出たのが。で、まそん中から今日かけるんですけど!あっその人ねって言われた、バンドがいて、バンドっていうか…バンドじゃないね、あの…集団(笑) グループ、がいて、ぁのそれ言われて納得したんですけど、ウェザー・リポートっていう、バンド…あの~まあジャズフュージョングループっすよね?エレクトリック・サウンドの。あれ、も、ウェザー・リポートって言われたらすぐジョジョが浮かんじゃうおれは、ね、やっぱちょっと荒木飛呂彦信者なとこあるけども。あっそれはウェザー・リポートっていうキャラクターは、このウェザー・リポートからとってるわけですよ。まそのジャズフュージョングループで。

あのーまあまあなんか、ますごいせい、これこそね、天才集団っすよねえ世界的に。この、ま途中から入った天才ベーシスト、が、まジャコパスですよ。これけっこうあの、わりと事件、事件な、まジャコ、そのーウェザーニュースとしても、かなり、音楽性が、また変わっていった、ひとつの…出来事ではあるんですけれどもだからその、まジャコパスがそのし、ジャコ・パストリウス、アスの肖像っていうアルバムを出して、すぐまあウェザーニ、リポートに加入するんだけど、まあそんな人なんですよ。

ジャコパスが世に出たきっかけになったのが実は奥さんで、なんかね、ビーチかなんかでいたら、なんかとある音楽プロデューサーにナンパされたんだって。で君はなんか結婚してんのかみたいなことを聞かれて、あたしのダーリンは世界一のベーシストよみたいな、こと言ったんだって。そしたらそのプロデューサーだから、なにゆってんだっつって。おもしれーなおまえっつって、強気だなあっつって。会わせてみろ聴かしてみろって言って、ジャコパスと会った瞬間に、半端ねえと。まじ天才じゃんってなって、そっからいろ、もうすごい錚々たるメンツで、あのーアルバムを出すに至る、っていうことがあって、あのーその、ま奥さんをきっかけにね、世に出てったわけですよ結果的に。それ最初のアルバムもハービー・ハンコックとか、そうとうたるメンツで集めてるんで、たぶんそれもプロデューサーが本気で惚れ込んだっていうところだとは思うんだけど。

でここからはおれねソースがねなくてぇ、ちょっとその友人、がね、そのこトレイシーオブ、トレイシーの、肖像が流れてたんですよバーで。そんとき話した話、が、まあすごい素敵だなあと思ったんだけど、そのソースがないからほんとかどうかはわからない、こっからは(笑) ほんとかどうかわかんないけど良い話をするわ。でちょっと聞いてるといろいろ調べてるとずれもあるからほんとかどうかわかんないんだけど、そのトレイシーの肖像っていうのを、作ったときに、あのーどうやら、そのーまあプライベートがもともと破天荒なんだろうね、ジャコパスが、家帰ってきて、まあ酔っ払ってたか、なんかで。ま、ドラッグかもしんないしね、やってなかったって初期はなってるんだけどちょっとわかんない。それで、帰ってきて奥さんの寝顔、を、見て、なんか…おれ、これでいいのかなあってギターを弾き語りした感じ、が、一発その奥さんの寝顔を見ながら弾いたその一発、で作った曲がこの『トレイシーの肖像』だっていうわけよ。ぁのー…ちょっと、まあ新年早々こんな話をしてあれですけど、ちょっと聴いてほしいなあと思って、というわけで。ちょっと最後の方の話をはほんとかどうかわかんない僕も改めてソース探しますが、見つけられなかったんですよ(笑) 友達が、だからおまえその話本当かっていう嘘だったらほんとごめんなさいね(笑)

えーというわけで、聴いてほしいと思います~ジャコ・パストリアスで、『トレイシーの肖像』」

 

・おたより

「シゲの部活」

〈『だいじなもの』読ませていただきました。私は木本くんと同じで過去にとらわれていました。小さいころからやってきたバトンをやめたのですが、周りから「あなたにはバトンしかないね」と言われていて、木本くんにとってのごっちと同じで私もバトンを取り柄に生きてきました。その「だいじなもの」、バトンがなくなったいま、私にはなにも残っていないと思っていましたが、『だいじなもの』を読んで友達がいることに気づかされました。この話を読んだときに涙が止まりませんでした。「だいじなもの」に気づかせてくれた部長に感謝です、ありがとうございます〉

「いえいえ」

〈これからも小説家として頑張ってください〉

「いやすごぉいですね、17歳だよ。17歳でねえ、自分のことに気づけることも素晴らしいと思うしまあ常にね、過去にとらわれてしまうのが人間だとは思うんですけど。なるほど、まあ、そうか~あれを自分のそういった、まあ、こう言うとなんだけどね昔取った杵柄的なもの?と一緒にする、考えるっていうのもすごく、その想像力がすごい素晴らしいなと思いますね」

〈『だいじなもの』読みました。原作の内容も織り交ぜられていて映画がより楽しみになりました〉

「あー!そうなると嬉しいですね」

〈タイトルに悩まれていたようですが他にはどんな候補があったのですか?木本一家の優しさがにじみ出るひらがなのタイトルがぴったりだと思いました。「あなたはあなたなの」という妻の言葉に共感できて、読み終わったときすごく安心しました。木本さんが(「さん付け(笑)」)自分の居場所に気づいてくれたことに妻も安心したと思います。ここにいる自分に気づけた木本さんの未来が楽しみです。『だいじなもの』を書いて自分の変化と居場所に気がつきましたか?〉

「すごくみなさん僕、の、僕の考え方を寄せてくれてますね小説にはまあ常に、まあテーマ、テーマというか伝えたいものがあるっていうことでもないんですけどね、うん。まあいくらか、まあ自分のなにかが反映されるってことは、まあ『閃光スクランブル』のあとがきにも書きましたがいくらかね、無意識に、こぼれ落ちることはあるとは思いますが。

あのまタイトル、悩んでたっていう話でしたけど、タイトルねえ難しかったんだよ!だ最後の一文をタイトルにしたりとかもしてたりとか、あのーあえて『ぼくがいない』とかってそういうタイトルもしてたんですけど、まあなんかねぇそのー編集の人に、いや『ピンクとグレー』のそれりばちゃんっぽいですね、ことが起きてきて。ま僕が書いてるからやっぱ結局似てくるnんですよねどっかで、それがやっぱ課題だなというところもあって。

最近行定さんと対談しててすごいおもしろかったんすよね、あのー…小説、を一人称で書くと、まあ他でもそうなんですけど、基本的にすごいIQが高くなると、主人公たちが。だって、一人称だった場合その人の言葉だから、たくさん小説的な言葉を知ってるっていうこと時点で、まちょっとIQ高めになると。だからまず映画化するときにIQを全部下げるんだっていう話をした。たとえば『GO』のときも、原作の?金城さんの原作も、ぁのいっこ下げ、主人公たちみんな頭良すぎて、これだれも共感できないからいっこ下げるってぃ、ことをやって。でまあ『ピンクとグレー』も実際ちょいくらかまあそういうニュアンスはあるんですよ。まあなんか、なんていうんだろうなあのまま映すと冷静すぎる主人公たちが、頭良すぎるっていう、理屈っぽくて、なおかつ。それで、まそういう部分をわりと人間ぽくする、ことをやるんだって。なるほどなーと思うんですよ。

でーでも今回僕その…今回書いた『だいじなもの』は、あのー木本くんっていう、まあもういわゆる「凡人」、普通の男の子、だからこそ、ちょっとスペシャルなことにやたら固執してしまうっていう、人を書くうえで、それこそ全部下げるんですよIQ。だから難しい言葉、とか出てくるとやっぱか入ってくるし、自分でそれもまあその通りだよなあってだからわりと読みやすいっていう意見が多いのは、まさにその通りで、小説とかをそんなにマメに読んでない人は逆に物足りないっていう感じる人もいると思うんだよね。小説好きじゃなかった、小説好きの方は。そのーわかりやすくするっていうところがあったりする、っていう意味では、なんとなく、ちょっとおもしろい、かったっすねそうわかりやすい、普通の人を、小説的に書くってことがまあ、できれば、mもういっこ広がるんだろうなあと思う。けっして自分がIQ高いという意味ではないんですけど、どうしても小説的な口調になるんですごい難しいんだよねだからちょっと口語っぽくしたりとか、カジュアルな文体にするっていうこととかを、わりと心がけていたんですよ、うん。

あ、ん~~いまの自分、ちょぉまあね、いくらかその、映画を観たりするシーンっていう木本が、予告編を見たりするシーンっていうのは、なんとなーく自分の中でまあわからなくはないような、ところは織り交ぜてはいたりしましたけど。うん…まあ自分を投影してるっていうよりも、まあなんかこういうのわかるなぁっていう、わかるなぁ、おれだったら、っていう、もので、基本的に書いていくんで、ええ。

というわけで、えーあっというまですね!えーもう終わりの時間です!それでは最後の曲です、さあ!これ、聴いてほしいですね今日はカサアリの話しなかったですけど。えー1月9日からもう来週じゃないすか!今週だ!うん、今週末ですえードラマ、公開されます。えー1月9日、映画も、『ピンクとグレー』もよろしくお願いしますそして『傘をもたない蟻たちは』のドラマも、えー深夜からよろしくお願いしますその主題歌でございます!聴いてくださいNEWSで、『ヒカリノシズク』」

 

○主観

『だいじなもの』という作品を読んだとき、「半端者」が「半端」でなくなることは痛みをも伴うものなんだなあという印象を受けた。し、部長も言ってくれたように関係者/ファンのどちらも選べず引き返す場面はきっと木本の中でも引き裂かれたなにかがあった(から悲しい)んだなあと感じたし、自分が自分である、自分が自分になることがどうしてこうも難しいんだろうね。自分がなにに理由づけされているのか、リンクづけされているのか。なにに自分を裏打ちするのかって、けっこう「自分」を確立するうえで大事な作業だなと思うんだけど。木本はそれがずっと「ごっち」と「りばちゃん」だった、でも彼らに裏打ちした木本はそのうち「木本」を失って、そして彼らはもういなくて、最後に木本は「木本」を確立させて。ひとつの物語の中でひとりの人間が終わって始まるからとても寂しくてでもあたたかい作品だったとわたしは思う。月並みだけどね。木本が木本として生まれてくれてよかったし木本になってくれてよかった。

加藤シゲアキの作品に加藤シゲアキが投影されているか否か問題ってけっこう頻繁にいろんなところで見かけるけど、これもきっと安易に踏み入れてはいけない領域なのかなって思う。考察も解釈も人それぞれだし言論の自由のもとその権利は保障されているだろうし、わたしだって悶々と考える夜や昼があったりなかったりする。是非を問いたいわけではなくて、きっとそれはそれであるべき姿で、でもあるべきでない姿でもあるんだろうな。こと「加藤シゲアキ」という存在をめぐるアイドルと作家と作品の三角関係って、なんか、すごい、seriousでcomplicatedにとらえられてしまうよね。ほかのジャニーズのファンになったことがないから事実はわからないんだけど、そういうのってなんだかとても独特な気がする。しげ担は常に己が主観を研いでる感じだ。

ど~でもいいけどしげ部長どうしてわたしの部員ネーム読むときものすごいアクセントつけたの。びっくりした。